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PONOブログ

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新鮮な空気

   2022年06月22日

 

旅行から帰って来た時、心に残る話を聞けた時、面白い本や映画に出会えた時など、心持ちが新たになったように感じることがあります。
その瞬間だけで終わってしまうのでは無く、そうした感動が消えない内に進んでいくことで活力が生まれたりします。
そのような小さな生まれ変わりは、外から得る機会だけで無く、自分の呼吸でも起こり得ます。
いつもと違う呼吸が出来たとき、新鮮な空気が入ったように気持ちもスッキリします。
身近なところにある変化も大事にしながら、日々を過ごしていきたいものです。


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こどもの日

   2022年05月05日

 

こどもの日は、ちまきが唯一食べられる日だと思ってここぞとばかりに食べました(笑)
我が家は男の子二人なんですが、家にはこいのぼりも兜も置くスペースがないので、購入はしていませんが(最近のご家庭では多いかな?)夙川で大きな鯉のぼりが見られるので、毎年お世話になってます。
今年も元気に泳いていました~。そして、子供の成長もお願いしてきました(笑)

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掃除

   2022年03月29日

 

健康と一口に言っても、何を目指すかによって必要なことは変わってきます。
それは、家の掃除と似ています。
人によって、生活の中でどれくらい整理整頓に手間を掛けているかは違います。
それは、どうした環境を望んでいるかが反映されています。
単に生活を送るというだけなら、ずっと片付けなくても、出来ない訳ではありません。
ただ、気持ち良く快適に過ごそうと望むなら、こまめに部屋を片付けたり、手入れをする必要があります。
より健やかに過ごすために、身体のバランスがどうなっているか日々チェックしていきたいものです。


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呼吸の観察

   2022年02月10日

 

合気を学び始めた頃、色々と教えて頂いても、何を基準に稽古すれば良いのか分からない時期がありました。

指導して頂きながら観察を続けている内に、少しづつ違いを感じられるようになっていきました。


呼吸の観察を通して、身体の内と外の違い、全身への広がり、力の通り道など、様々な新しい感覚が生まれます。

身体を前後左右から締めながら息を吸い上げると、中央の圧が高まります。

息を吸うと、蠟燭の炎のように、上端は中央を高く昇っていきます。

息を吐くと、落ちていく水滴のように、真下に向かって降りていきます。

風で揺らいだり、ものに遮られることがあっても、常に中央を求めようとする性質があります。

身体は、建物のように下から積み上げていくバランスだけでなく、上がったり下りたりする双方向の力が働いています。

そうした感覚があるからこそ、姿勢が真っ直ぐかどうかを感じられ、力が抜けている時と重力に逆らっている時の区別が付きます。

呼吸をベースにして、身体にとって良い影響があるか悪い影響があるかを判別することが出来ます。


呼吸を通して身体を観ると、自分の意志でコントロールしているのはごく一部だということが分かります。

呼吸は、意識して行うこともできますが、大半は無意識下で起こっています。

息を吐き切ると、勝手に吸う方向に切り替わって、空気が満ちていきます。

息をいっぱいまで吸うと、何もしなくても呼気と共に緊張も抜けていきます。

そうした働きを体験することが、自力で解決しなければならないという思い込みを見直す切っ掛けになりました。

自分で自分の呼吸を邪魔しなければ、緊張が弛んだり、バランスが整ったりします。

頭で考えて出来ることの小ささを知り、自然の働きの持つ力の大きさに気付きます。

行き先を方向付けしながらも自然の流れに任せるというのは、日頃の心持ちや周りとの関わりにも通じます。

呼吸のアドバイスを通して、楽に生きるためのお手伝いが出来ればと思っています。


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明けましておめでとうございます

   2022年01月02日

 

新年、明けましておめでとうございます。

年末年始は、家族でゆっくり過ごすことが出来ました。

公園に行くと風が強く凧がよく揚がり、子供はとても喜んでいました。

明日から、通常通り営業いたします。

今年もよろしくお願いします。


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年末年始の休業日

   2021年12月24日

 

今年も、残すところ一週間になりました。

12月31日、1月1日、2日は、休業日とさせて頂きます。

よろしくお願いします。


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アナログとデジタル

   2021年12月07日

 

私は学生の頃、ラジオをよく聴いていました。
実家は山奥で電波の届きにくい場所なので、アンテナの向きやダイヤルを微調整しながら、クリアに聞こえる位置に合わせていました。
アンテナを持ちながら少しでもノイズが少ない位置を探し、気に入った曲をカセットテープに録音したりしていました。
いま考えれば、音楽を聴くのにも手間を掛けていましたが、それはそれで楽しかったことを覚えています。

最近はオーディオ機器もデジタル化が進み、そうしたアナログ式の調整をする機会は少なくなりました。
ラジオのチューニングも音量の段階も数値化され、デジタルで制御されるものが主流です。
それが必ずしも優れているかと言えば、そうとも限りません。
聴きたい番組の周波数を選ぶとクリアに聞こえますが、電波が届きにくい場所では全く入りません。
音量がしっくり来なくても、ちょうど良い段階が無ければ、大きめか小さめのどちらかで妥協するしかありません。

その時代の文化と身体観というのは、関連し合っています。
現代は自分の感覚に対する信頼性が希薄になり、発想もデジタル化が進んでいる気がします。
けれど、本来の自然は、デジタルに馴染まないように思います。
身体のバランスや重心といった感覚は、0か1かで割り切れず、その間に段階分けできないグラデーションがあります。
そうした繊細さや連続性が、身体の使い方を見直す上で重要になります。
周りにはデジタル化されたものが増えていますが、アナログの感覚を大切にしていきたいものです。

 


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隙間の役割

   2021年11月10日

 

施術をしていると、「こんなにソフトなのに、楽になって不思議」と言って頂くことがあります。
実感の強さと、効果の大きさが一致しないことは、よくあります。
ストレッチをしていて伸ばされている実感が強いとき、筋肉の縮む力が働いていて、かえって緊張させていたりします。
腕力で思い切り押しているとき、自分の肘や肩に反動がぶつかっているだけで、実際は力が伝わっていないこともあります。

身体は、見たり触れたりできる実体だけでなく、それらの隙間に大きな役割があります。
呼吸は、身体の空間を満たし、隙間を行き来します。
血液は、血管の内部の空洞を流れています。
口から入れた食べ物は、消化管の中を通って排泄されます。
筋肉や関節は、隙間があるからこそ自由に動くことが出来ます。
隙間を流れる働きによって、身体の機能は維持されています。

壺にも向き合った顔にも見える騙し絵のように、一方を注視すると、もう一方は見えなくなります。
実体の緊張に意識が向いている時、隙間の滞りには気付けなくなります。
緊張した状態は、きつく結ばれた紐の結び目に似ています。
隙間が閉じているから解けなくなっているだけで、紐そのものに問題がある訳ではありません。
結び目の隙間が広がると、ゆとりが生まれて解けていきます。

隙間を通る働きを高め、実体の緊張を弛めていくことで、身体のバランスが整っていきます。
そのためには、普段の呼吸や動作、食生活を見直すことが不可欠になります。
身体が繋がっている状態は、とても心地良いものです。
そうした日々を過ごせるように、お手伝いをさせて頂きます。


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読書

   2021年10月18日

 

私は小さい頃から、よく絵本を読んでもらったり、本を買ってもらったりしていました。
自分で積極的に本を読むようになったのは、小学生の頃に、子供向けのアガサ・クリスティの推理小説を紹介してもらったことがキッカケでした。
読んだ後の驚きやスッキリ感が忘れられず、小学校の図書室にあった推理小説を片っ端から借りました。
それから、だんだん読む本の幅が広がり、SFや時代物なども読むようになりました。
治療の仕事をするようになってからは、健康に関する本を読む機会が増えました。
以前は身体そのものに目が行っていたのが、心理療法や宗教関係といった本にも関心が広がりました。

読書のジャンルの変化は、自分の興味の方向と一致するのだと思います。
今でも推理小説の広告が目に留まると興味を惹かれますが、フィクションの作品は滅多に読まなくなりました。
本やインターネットを見ると、現実に起こっている出来事も、書いている人によって様々な解釈があることが分かります。
「事実は小説より奇なり」という言葉がありますが、本当にその通りだと思います。
見方次第では、現実の方がどんなミステリー小説より謎が深く、どんなSFより発想がぶっ飛んでいたりします。
そうした真実を知りたいと言う気持ちは、面白い本を読んでいるときのワクワクする感覚と根っこは同じだと思います。

それは、外の世界だけでなく、自分の内の世界に対しても同様です。
こんなに身近にあるのに知らないことばかりで、人によって身体に対して抱いている感覚は違います。
けれど、自然の働きによって生きているという点で、原理は共通しています。
家族、会社、国、世界といったように集合体の大きさが変わっても、影響力を持った個人が周りを動かすという構図は変わらないように思います。
そういう意味では、自分を観察することは自然や人の心を知ることに繋がり、外界を見る目と表裏一体だと考えています。

自分の経験を思い返しても、心から興味を持てるものに出会う機会に恵まれると、人は変わるものだなぁと思います。
少しでも身体に興味を持ってもらえるキッカケになれるよう、治療に携わっていきたいと思っています。


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一貫性と適応力

   2021年09月14日

 

私達が受け取っている情報は、事実をそのまま反映したものとは限りません。
例えば、新型コロナの話題を挙げても、ネットでは色々な方が自分の考えや体験を、ホームページで公開し、コメントしています。
それを見ると、テレビのコロナに対する報道がいかに一方に偏っているかに気付きます。
けれど、自分の分かる範囲で判断できることには限りがあります。
どれが正しい、間違っているではなく、ただそういう情報もあると言うことを、そのまま受け取って心に留めておくことが大切なのだと思います。
自分の身に起きたことや、周りから見聞きしたことも含め、多くの暫定が積み重なって自分の中に筋が通る仮説が浮かび上がってきます。
それは真実そのもので無くても、新たな情報を元に修正し続ける中で、かけ離れてもいないことを確かめられます。

同様のものの見方は、身体の観察に置いても成り立ちます。
私達の身体は、それまでの人生の過ごし方によって様々な偏りがあります。
そこから、別の可能性に気付くことが出来ると、変化する余地が生まれます。
そして、偏りを中央に近付けていった結果として、少しづつ軸が通ってきます。
新たな可能性も全て暫定で、正しいと思い込んだり、形を決めた途端に、柔軟に対応する力が失われます。
その時点のベストなバランスはあっても、条件は変わり続け、絶対ではありません。
動かない軸ではなく、常に揺れ動く軸だからこそ、自由に動くことが出来ます。

別の言葉で言い替えると、一貫性や適応力と言うことが出来ます。
いくら柔軟に周りに適応していても、一貫性が無ければ自分を見失います。
主義が一貫していても、適応力が無ければ社会で生きていくのが難しくなります。
それらが両立するところに、健やかに生きる道があるのでは無いかと考えます。

合気の稽古では、自分の軸を立てながら、相手からどのような負荷を受けても返せるように練習します。
多くの武器を使い分けるより、一つの武器をどんな状況にも対応できるように鍛え上げたほうが、技を磨くことに繋がります。
どのような世界でも極めた人の言葉からは、その分野だけでなく、哲学や思想にも通じる深みを感じます。
呼吸も、思考も、生き方も、同じベースの中に溶け込み、自分にとっての自然になるよう、暫定を積み重ねていきたいと思っています。


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